2016年は8月11日に日本の国民の祝日として初めて「山の日(やまのひ)」が制定されています。
「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝すること」を趣旨としていますが、周囲に迷惑をかけることなく「自立した登山者」として安全を確保する努力をした上で親しまなければなりません。
2016年も夏山シーズンにすでに入りまして5月のゴールデンウィーク以降、痛ましい遭難事故が絶えません。
特に昨年2015年から目立つのは体調不良による行動不能遭難です。
また、転倒・滑落者の4人に1人と言われる「頭部損傷」の事故が多く発生しています。
今回はこうした「遭難事故」について全般的に考えてみたいと思います。
「身の丈登山」という言葉が一言でいえば「事故防止のほとんど」をあらわしていてこれ以上、これ以下でもありません。
「遭難事故」は「起こるべくして起きる」「入山前から遭難は始まっている」とよくいわれますが下記のポイント4点をしっかり押さえて置きたいところです。
- 遭難事故の要因・事例を知っておくこと
- 防止(準備など対策を練っておく)
- 発生時の対処法(ファーストエイド・救助要請など)
- 事後処理(費用処理・関係者対応など)
この4点を踏まえて毎回の登山について、よく会社などで仕事がスムーズにいくために教わる「PLAN計画⇒DO実行⇒SEE評価⇒CHECK検討」を繰り返して経験値をアップ、登山力をアップさせていくことが大事かと思います。
これがなければいつまで経っても初心者の域を抜けることは出来ず「遭難リスク」を減らすことが難しいのではないでしょうか?
「物事を成し遂げる」ということは仕事や家庭生活に始まってスポーツの世界に至るまで共通の流れがあるもので、よくテレビなどで「成功に至る過程がどのようになされたのか」という観点の番組が人気を呼ぶのはやはり共通の流れがあることを皆さんも知っているからだと思います。
登山も例外ではなく「小さな成功の積み重ね」が遭難防止に大いに役立つということではないでしょうか?
4点のうちの2,3については特に夏山では「水分補給」「熱中症対策」「低体温症防止」など遭難に直結する大事なものがありますがこの医療に関するものは、マスコミサイトですが「山岳医療のプロ」心臓血管センター北海道大野病院の医師であり国際山岳医の資格を持つ「大城和恵おおしろかずえ」さんの「医療プレミア 登山外来の現場から」が非常に参考になります。
その他ルートファインディングによる「道迷い防止」などもありますが全般的な準備については筆者のコンパスマガジン過去記事の「登山のプレ・アドバンス①~③」をご参照ください。
登山の事前準備と資料作成ツールの活用~登山のプレ・アドバンス①~
登山の事前準備と資料作成ツールの活用~登山のプレ・アドバンス②~
事後処理に関係するものは紙面上割愛させていただいて、1の遭難事故の要因については「登山者の年齢・経験値・行程の組み方・健康状態・登山スタイル(単独か集団か)・準備」など様々な要因が重なって起きているもので決して一つのものではないような気がします。
具体的な要因については過去から事例の報告とともに解説されたりアドバイスされたりしていますのでここではもっと、登山者の根源的な問題について考えてみます。
「登山行動」を「人間の労働や生活活動の事象と近いものがあるとして捉える場合、以下の点を理解しておく必要があります。
- 「ハインリッヒの法則」(労働災害のリスク管理)
1件の死亡事故には29件の大事故があり300件のトラブル(俗にいうひやりはっと)があるということです。
「ひやりはっと」とはつまづいて転倒したものの「すり傷」で済んだとか、骨折の疑いがあるものの自力下山ができたとかで身に覚えのある方は多いのではないかと思います。したがっていつ大事故・死亡事故を起こしても不思議はないという認識を持たねばなりません。 - 「認知バイアス」(社会心理学分野)
「自分だけは遭難するはずがない」という「思い込み心理」遭難事故に関心を持たなかったり、事例は「他人事であると」いう認識や先入観しかないこと。
これは「他人のことを本当に自分のこと」と思ってしまう
と精神的に持たないので頭で考えることをカットする脳の仕組みです。だから意識的に関心を持って対処する行動をとらないといけません。 - 生理学上の3の法則
・人間は血液なしでは3秒間で命をなくす。
・人間は3分酸素を吸わないと危機的な状況となる
・3時間猛烈な寒気や熱射にさらされると危険
・3日間睡眠や水分を摂取しないと危険
・3週間食べ物をとらないと命にかかわる
・3ヶ月間孤立すると危険
という英語圏のサバイバル業界で主に使われる法則ですが正式には人の生存の目安 “rule of threes”(3の法則)というものです。
過去の災害救助事例から科学的根拠はないものの飲まずくわずの場合「72時間の壁」という用語もあることはご存知かと思います。
人の生存限界は、脱水症状・熱中症・低体温症(夏山登山で発生し易い)によるものが大きいのですが逆に、快適な空間であれば大人は飲水なしで1週間以上生き延びられるという学説もあります。環境には大きく左右されるということですが、登山は快適には程遠いのでこういった「生理学上」の生命維持を理解して、登山で発生しにくいようにするということだと思います。
登山は突然の落石など人智では防げないものもありますが、結論は「身の丈登山」に限ります。
簡単に言えば「行きたいと行ける」は違うということです。
「登山は謙虚さを学ぶ学校である」という言葉があるように「強欲」に駆られないようにどんなに多忙であっても「登山について考える時間を持って」対策に「時間と労力」を惜しまないことだと思います。
著者:土居剛