行き先選びは慎重に。下山ルート選びはもっと慎重に!
安全に登山をする上で必要なことはたくさんあるけれど、その第一歩は行き先選びだろう。
これを間違えなければ、初めて山へ行くものでも楽しく安全に山に登れるし、間違えれば上級者でも危険に遭遇する確率が高い。
その山が自分の力量に見合っているのか、よくよく見極めて山選びをすることが大切だが、たとえ力量に見合った山を選んだとしても、天候や積雪の状況次第によって危険なものに変わってしまうのが雪山登山である。
一般に初級者向きとされている雪山が、ホワイトアウトの天候下で、もっと険しい山よりもはるかに恐ろしい場所に変わることがある。例えば八ヶ岳の赤岳と硫黄岳を比べれば、明らかに赤岳の方が険しいし、滑落の危険性は高いだろう。
けれどもホワイトアウトした中で、山頂からの下山路を失いやすいのは硫黄岳の方である。
八ヶ岳周辺では蓼科山などもそうだが、ああいうだだっ広い山頂や地形は要注意なのだ。
甲斐駒と仙丈ヶ岳では甲斐駒の方が険しそうに思えるが、積雪期の下山時にルートを失いやすいのはむしろ仙丈の方である。
唐松岳の八方尾根も本格雪山の初級者コースとされているが、尾根自体が広いため、ホワイトアウト時の下山はルートファインディングがきわめて難しくなり、過去に幾度も遭難が発生している。だから私たちが雪山登山の行き先を選ぶときは、滑落の危険性ばかりでなく、悪天候になっても安全に下りてこられる山なのかも、しっかりと見極めておかなければならない。
雪山登山の計画を作るとき、往復にするのか、下山は違うコースを下りるのかもきわめて重要な問題である。
ホワイトアウトの中で往路を戻らずに異なるルートを下りるのは、ルートファインディングの困難さをいっそう高めることは言うまでもない。私がかつてホワイトアウトした硫黄岳山頂で下山路を見定めるのに苦労したのも、横岳方面から縦走してきたときだった。
ただし、往路下降だからと言って、安心していいわけではまったくない。
雪の蓼科山山頂で15分ばかり休憩しただけなのに、いざ下りようとして、先ほど登ってきた方角がもうわからなくなりかけたという経験をしたこともある。風や降雪の激しいとき、トレースなどあっというまに消えてしまうし、アイゼンをきかせて歩く固い斜面では、そもそもトレースなど残らない。たとえ山頂からの下山ルートがわかったとしても、もっと下の方で間違った尾根に入り込まないともかぎらない。
雪山でのホワイトアウトというのは、本当に恐ろしいものなのである。
雪山で往路とは別のルートを下る場合、ルートファインディングの問題だけでなく、もう一つ、風雪時に歩けるルートなのかということもよくよく考えておかねばならない。
むかし、私の山岳部の後輩の学生が横岳の石尊稜を登って稜線に出たあと、風雪が激しいためしばらく岩陰でツェルトをかぶって待機したのを覚えている。
幸い彼らは少しの間待機しただけで、無事に地蔵尾根を下りることができたのだが、実はまったく同じように風雪激しい日に石尊稜を登り、下りられなくて稜線でビバーグをして亡くなってしまったパーティーの話を聞いたことがある。
これなどはホワイトアウトでルートがわからなかったというよりも、風雪が激しすぎて行動できなかった例だろう。
そんな日でも、バリエーションルート自体には風がそれほど強く当たらず、登れてしまうことは珍しくないものだ。そんな日に登らなければいいと言えばいいのだけれど、もし登ったならば、たとえ何度ロープを使ったとしても、同じルートを下りる方がはるかに安全な場合が少なくないということを、特にバリエーションを志す登山者は心に留めておいてほしい。
そのコースは悪天候下でも安全に下りて来られるコースなのか?
そして風雪時でも歩けるものなのか?
私も山の計画を立てるときは、それをしかと吟味しようと、改めて肝に銘じている。
著者:松原尚之