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安全に山に登るためには?(3)~登山者は天気とともに生きる~


農業や漁業に携わる人々がおそらくそうであるように、山岳ガイドもまた天気とともに生きている。

常に次の週末の、次の山行時の天気や積雪状態を気にかけながら暮らしている。

大学山岳部の学生時代、山に入っていて午後4時になると、ラジオの気象通報を聞いて天気図を書いたものだ。

午後4時にまだ行動中のときは、わざわざ行動を一旦止め、一人がザックに腰かけて天気図をとったりもした。

感度の悪いラジオを耳にあてがってもらったりしながら。

大学山岳部では今でも山で天気図をとっているところが多いと信じるが、ネットを通じて簡単に天気サイトにアクセスできる昨今、わざわざラジオの気象通報を聞いて天気図を書く登山者はかなりの少数派にちがいない。

かくいう私ももうずいぶん長いこと天気図を書いていない。

一応まだ家に天気図用紙はあるけれど。その代わり天気図を見る頻度や時間は、学生時代よりもはるかに増えた。

なにしろ現在では便利なお天気サイトがたくさんあり、1週間先までの予想天気図や、高層天気図でさえ簡単に見ることができる。

ヤマテンのような山岳気象専門の気象予報会社もあるし、実は当コンパスの中にも、「てるぼうず地点気象予報」という天気サイトがあるのである。

とはいえ、天気図など見なくとも、気象サイトでピンポイント予報を見たり、ヤマテンで詳しい山の天気予報をもらえばいいじゃないかと考える人もいるかもしれないが、はたしてそれで十分だろうか?

例えば冬型気圧配置のとき、八ヶ岳の最寄りの町である茅野や小淵沢の天気予報は晴れマークになっているかもしれない。が、しかし、そんなとき八ヶ岳の稜線上は地吹雪状態であることが少なくない。

それをふもとの町のピンポイント予報だけでうかがい知ることはできず、天気図を見て初めて予想できることなのだ。

それに、いくら気象サイトやヤマテンの予報を見たくても、山で必ずネットにアクセスできるわけでもない。

少なくとも本格雪山を志す登山者なら、ふだんから天気図に親しみ、専門家が出す予報を十分に活用しながらも、自らも行く山の天気を予想する習慣を持たなければならない。

これはいくら時代が変わっても、変わってはいけない登山者の常識である。

天候の良し悪しは山行の安全を左右するきわめて重要なファクターであり、山、とりわけ雪山に登る登山者には、慎重な天候判断と、その元となる基礎的な気象の知識が不可欠である。

気象の専門家でない私が気象について語ることには少なからざるためらいがあるのだけれど、だから今回は冬山春山の気象について、私なりにその初歩を伝えることを試みたい。

周知の通り、日本には猪熊隆之気象予報士のような尊敬すべきプロフェッショナルがいるのだから、『山岳気象大全』(猪熊隆之著/山と渓谷社)を読んで勉強したり、気象の講習会に参加したりするなどして、さらなる知識の向上を求めることが大切なのは言うまでもない。

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さて、気象にあまり詳しくない登山者にまず覚えてほしい冬山・春山の気象の基礎として、私は次の3つを挙げてみたい。

 

①冬山(春山)の気象サイクルを知る。

②冬型気圧配置を知る。

③低気圧の種類とその特徴を知る。

 

冬から春にかけて、お天気が「冬型→移動性高気圧が張り出す→低気圧の通過→冬型」というサイクルで繰り返されているのを、ほとんどの登山者は多かれ少なかれ認識していることだろう。

そのサイクルの中で、移動性高気圧が張り出してきたときは天気がよくなり、風も弱まり、気温が上がってくる。

そして低気圧が通過する前は一段と寒さが弱まり、いよいよ低気圧が通過する際には悪天候となる。その後低気圧が通り過ぎると再び冬型に戻る……。この冬〜

春の気象サイクルと、その間の天気の特徴を、まずは頭に入れておこう。

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冬山(春山)の気象サイクルを理解したら、次に学ぶべきは“冬型”についてである。

西高東低の冬型気圧配置について、どういうものかまったくわからないという登山者は、おそらくほとんどいないだろう。

冬型のとき、日本海側は天気が悪く雨や雪が降り、関東の太平洋側などは乾燥した晴天になる、ということは大抵の人々の周知事項だと思われるが、「それでは冬型のとき、槍穂高はどんな天気になる? 八ヶ岳は? 甲斐駒は?」と問われたら、少し考えてしまう登山者も少なくないのではなかろうか?

平均的な強さの冬型の場合、日本海側に近い剱岳や後立山などは天気が荒れて大雪になることは想像できるだろうが、では槍穂高はどうだろう?

槍穂高では剱岳や白馬よりは降雪量は少ないものの、はやり風雪で荒れた天気となり、登山には適さない。

それなら八ヶ岳はどうかといえば、降雪量自体は少ないものの、やはり稜線は地吹雪状態となり、同じく登山には適さない天候状況になるのが普通だ。

甲斐駒や鳳凰三山などは、雲がかかる率は八ヶ岳よりも低いけれど、それでも八ヶ岳とほぼ似たような天候状況になっていると考えてよい。

しかし、冬型が少し緩んだ“弱い冬型”のときは、まだ少し風は強いものの、八ヶ岳などは登山日和になることが多いし、槍穂高あたりでもがガスが取れてきて、稜線を歩けるような天気になったりする。

私は天気の判断をするにあたり、八ヶ岳に行くのに白馬や信濃大町の天気予報を見たりすることが少なくない。

白馬が晴れの予報だったら冬型がかなり緩んでいるということだから、八ヶ岳はばっちりだな、とか。

白馬が雪でも信濃大町が晴れの予報なら、八ヶ岳はなんとか大丈夫そうだな、などと、そんな素人なりの予想をするのである。

逆に、ひと冬に何度とない、強烈に強い冬型のとき、山はどういう状況になるだろうか?

当然ながら高い山はどこも大荒れの天気となり、降雪量も多くなる。

冬型のときは晴れることの多い茅野や小淵沢あたりでも降雪がみられるのはこんなときである。

北アルプスなどが暴風雪になることはもちろん、八ヶ岳や南アルプスの稜線上も歩行困難なほどの風雪にたたかれると思ってよい。

このような気圧配置のときは、標高2,500m以上の山や中部山岳以北の山などは、中止や行き先の変更などを考える方が無難である。

もしそれでも入山するのならば少なくとも、自分の入る山がどのような状態になるかということをよくよく見極め、十二分な準備と心構えをしたうえで臨む必要がある。

強い冬型のとき、高い山の稜線では台風並みの風が吹く。

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しかし、台風が来ていればたいていの登山者は登山をとりやめるのに、強い冬型気圧配置のとき、あまり頓着せずに入山する登山者は少なくないのではなかろうか?

強い冬型のときや、低気圧が日本海を発達しながら通過するときなどは、夏の台風に劣らぬほど高い山は大荒れの天気になるということを、冬山登山者はしかと心に刻んでおかなければならない。

なお、冬型の強い弱いは地上天気図の等圧線の混み具合などからもある程度判断ができるが、さらに確実に知りたければ、500hPaの高層天気図を見て、上層の寒気がどれくらい強いかを確認する。

『山岳気象大全』(猪熊隆之著/山と渓谷社)には「日本海側の山や脊梁山脈、中部山岳北部では、マイナス30℃以下の寒気に覆われるときは大雪に対して、マイナス36℃以下の寒気に覆われるときはドカ雪に対して、十分な警戒が必要」と記されている。

北陸地方あたりまでマイナス30℃以下の寒気が下りてきているかが一つの重要な目安であるということだ。500hPaの寒気の情報を簡単に知りたければ週間寒気予想というサイトなどが便利だし、より詳しく見るには、ヤマテンの有料会員サービスである「専門・高層天気図」を利用するとよい。

高層天気図というと素人にはとっつきにくいイメージがあるかもしれないが、見るべきポイントさえ知っておけば、実に有益な情報を得ることができる。

高層天気図でさえ簡単に見ることのできる今の時代だからこそ、活用しない手はない。

さて、“冬型”について理解したなら、続いて冬〜春の時期に日本付近を通過する3種類の低気圧について押さえておきたい。南岸低気圧、日本海低気圧、二つ玉低気圧の3パターンである。

本州の南岸沿いを通過し、太平洋側に冷たい雨や雪を降らす南岸低気圧。

日本海を通過し、強い南寄りの風(ときに春一番となる)が大荒れの天気をもたらす日本海低気圧。

その両者の性質をあわせ持つ二つ玉低気圧。

 

そのいずれの通過時も山は大荒れの天気になることがほとんどだが、それぞれの低気圧の性格の違いを知っておくことで、より慎重な入山計画を立てられるようになる。

昔の登山者のようにラジオを聞いて自分で天気図を書くことができなくとも、現代の登山者は私の学生時代とは比べ物にならない緻密な天気の情報に容易に触れることができ、また気象の知識を深めるための手段や機会にも恵まれている。

天気を知ることは安全登山の第一歩であることを肝に銘じ、私もみずからの山岳気象の知識のいっそうのレベルアップをはかっていきたい。

 

著者:松原尚之

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