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秩父美の山を歩く~心に何が刻まれるか~


4月半ばのある日、秩父・美の山(蓑山)を歩いてきた。

山頂部は桜の名所として有名で、美の山公園として整備され、山頂近くまで車で行くこともできる。

しかしここをあえて麓の駅から歩いて登り、里の春を満喫しようというのが今回のテーマだ。

秩父鉄道・親鼻駅に集合して、まずは登山口の萬福寺へ。

道端の「雑草」とされるオオイヌノフグリも、小さな花をよく見ると、濃い紫から藤色へ続くグラデーションの真ん中に、緑のアクセントがポツンとお洒落で、配色の妙を感じさせる。

萬福寺は秩父十三仏霊場のひとつで、いかにも好ましい雰囲気の小さなお寺。

入口の枝垂れ桜と鯉のぼりが、里の春を感じさせてくれる。

里山を歩くには、本当にいい季節だ。

ここから「仙元山コース」の尾根を登る。

まずはヤマブキと花モモがお出迎え。

登るにつれて、明るい新緑を背景にしたヤマツツジが鮮やかに咲いている。

足元を見れば、タチツボスミレやエイザンスミレ、チゴユリやハナダイコンなど、色彩を見ているだけでまったく飽きることがない。

萌え出る新緑に囲まれ、呼吸すると肺の中まで萌黄色に染まりそうな気がして、その中を歩くことがますます楽しくなる。

やがてニリンソウの群落が現れる。

このニリンソウ、上から見下ろすのでなく、かがんで「花の目線」になって見ると、まるで純白の花が宙に浮かぶように見えて可憐さが引き立つので、ぜひお試しを。

美の山公園の一角に差しかかると周囲の色彩は一変し、サーモンピンクのような、赤みがかったピンク色に包まれる。

ヤマザクラの色だ。

ヤマザクラは野山に自生する桜で、赤みがかった葉が花と一緒に開くのが特徴だ。この赤みがかった若葉のおかげで、全体がサーモンピンクに見える。

今、桜といえばソメイヨシノが主流だが、これは江戸時代末期に作られた園芸品種で、種から苗を育てることができないのだという。

つまり元をたどれば一つの樹から接木で増やした、DNAが同じクローンなのだそうだ。

そのため同じ場所のソメイヨシノはほぼ一斉に開花し、葉の前に花だけが開くこともあって、華やかな風景を作り出す。

ゆえにたった100年余りであっという間に日本の桜風景を席巻した。

それに対して野生種であるヤマザクラは、同じ場所でも開花時期に差がある。

だから一斉に咲くソメイヨシノの華やかさはないが、全体として開花時期が長くなるため、ゆったりと桜を楽しむことができる。

万葉の昔から歌にも詠われてきた桜は、ヤマザクラなどを中心とした、ちょっと地味な落ち着いた桜のはずで、花見は少なくとも「桜の下で大騒ぎ」的なものではなかったのだろう。

(ちなみに花見といえば桜を見ることを指すのは平安以降で、それまでは梅を見ることを指すことが多かったようだ)

そんな古代からの風流に思いを馳せながら、ヤマザクラの下を歩く。

桜越しに両神山が姿を見せる。

やがて里桜と呼ばれる園芸品種の桜が集められた一角を通り、山頂部に達する。

山頂に近付くと、急に賑やかになり、人工物が多くなる感は否めない。

なにしろ反対側には舗装道路が通り、広い駐車場も整備されているのだから。

山頂付近はソメイヨシノも多く植えられ、立派な展望台もある。

この風景を見るだけだったら、労せずして車で来ることもできる。

それでは駅からの我々の歩程は徒労だったのか? 否、それは断じて否だと感じる。

里の春の色彩の豊かさ、溢れ出る新緑の輝き、ハッとするようなヤマツツジの色や、宙に浮かぶニリンソウの白い花々・・

それらは歩いてここまで来なければ、けっして出会うことのなかった風景であり、そのときに得られた幸福感は、山頂を踏むという結果に勝るとも劣らない。

山頂を踏み、頂上の景色を得ることだけを目的とすれば、ここまで車で来るのが最も合理的だ。

ただ、登山はもともと合理性とは対極の行為だ。

食糧を得るためでもなく、向こう側の集落に抜けるためでもなく、多くの労を費やして、山に登る。

食糧や交易などの対価を求めずして(あるいは名誉という対価を求めて)山頂をめざす行為が近代登山(=アルピニズム)だったとするならば、さらに現代登山は、もはや山頂を踏むことだけにはさほど重きを置かず、山麓から山頂まですべての過程で、心に何が刻まれたかに重きを置く、精神的行為なのではないだろうか。

それは近代化によって物質的豊かさが満たされ、心のあり方こそが問われるようになった現代と、相似するもののように思う。

著者:橋谷 晃

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