秋の高山はいつでも冬山へと変わる
おそらくほとんどの登山者の方々が感じているように、今年の9月の天気の悪さは異常だった。
いや、正確に言えば9月だけでなく8月半ばからずっと悪く、そして10月に入ってもまだ悪い。
もはや秋の長雨などと言うより、6月〜9月の日本(本州)がまるごと雨季にでもなってしまったかのようである。
たまに晴れた日は、10月の声を聞こうというのに、あいかわらず蒸し暑い。
いまだ夏の高気圧(太平洋高気圧)が居座り続けているためである。
この文章がコンパスマガジンにアップされて読者の皆様の目に触れる頃には、長かった雨季も開け(!?)、さわやかな秋の高気圧に覆われているのではと希望的観測を抱いているが、こんなふうにいつまでも気温の高い秋こそ、天気の激変による高山での気象遭難に要注意である。
晴れていれば紅葉を愛でながらの快適な山歩きができる10月初旬は、北アルプスなどで過去に幾度か大きな気象遭難が起きている時期でもある。
秋山の心積もり、装備・ウエアで山に登ったら、気圧配置が冬型となり、標高2,500m以上の稜線で吹雪に見舞われて遭難してしまったのである。
亡くなられた方々の死因は低体温症だった。
こうした悲劇を繰り返さないために大事なことの一番目は、9月下旬〜10月の高山(標高約2,500m以上の山)は、時によって冬山状態になることがあるのを、常識として頭に入れておくことだ。
ここで私は「9月下旬〜」と書いたけれど、それが9月中旬に起きることだってもちろんないわけではない。
以前一度9月初旬の剱岳でまるで冬山のような寒さに見舞われたことがある。
稜線の岩肌や植物にはエビのしっぽがびっしりと付着し、「え、この時期に!?」と、驚かされたものだ。
チンネを登るために取り付きまでは行ったのだが、とても登れる気温と岩の状態ではなく、やむなくそのまま下山した。
2009年9月10日の話である。
入山前に見たこの日の天気予報は晴れで、予想天気図は緩い冬型だったのだが、下山後に確認したら、実際はもう少し強めの冬型に変わっていたのだった。
それ以来私は、予想天気図が弱めの冬型のときでも、もっと強い冬型に変わる可能性があることを考慮に入れるようになった。
秋の高山での気象遭難を予防するために大事なことの二番目は、言うまでもなく、入山前の天気予報をよく確認し、さらに天気予報だけでなく予想天気図を見て特に冬型気圧配置にならないかを確かめておくことである。
そして本当に冬型になりそうならば、高い山に行くのは潔くあきらめることだ。
実際私も10月初旬にお客さんと穂高に行く予定にしていたのを、冬型気圧配置になる予報だったので、もっと低い山での沢登りに変更したことがある。
また前述したように、それが弱い冬型だとしても注意が必要である。
予報通り本格的な冬型にはならず天気が崩れなかったとしても、弱くても冬型であるかぎり風は強く気温は低いはずだから、そのための対策をとって入山しなければならない。
昨年10月1週目に槍ヶ岳・北鎌尾根に出かけた際は、まさしくそのような予報だった。
天気は晴れそうだが、風が強く寒いことが予想された。
私は参加者に冬用のアンダーウエア(上・下)やニット帽(または目出帽)などを持ち物に入れてもらうことに加え、レインウエア(上)の代わりに雪山用のオーバージャケットを持参してもらった。
レインウエアの上着はフードが小さなものが多く、強風に対して弱いためである。
(本当はすべてのレインウエアのフードが、雪山用オーバージャケットと同じように大きくて、なおかつファスナーを上まで閉めれば顔の露出が小さくなるような設計になってくれればいいと個人的には思っている)。
ところで、登山者の体を冷やす(低体温症に向かわせる)一番の要因は、寒さ(気温自体の低さ)や濡れ以上に、強い風であるということをぜひ知っておいてほしい。
肌につけた衣類がびしょ濡れというなら話は別だが、秋冬の山で衣類がびしょ濡れになることなどそう多くはないだろう。
2009年7月の北海道トムラウシでの有名な遭難時、天候は雨だったが、遭難者たちが身につけていた衣類はそれほど湿ってはいなかったと事故報告書には記されている。
彼らの体温を奪った一番の要因は、その日ずっと吹き続けていた風速15mを超す強風であったと私は想像している。
だから、秋〜春に高い山に登る登山者は、天候だけでなく風速もチェックしてから山に向かう習慣をぜひつけていただきたい。
秋山での気象遭難を防ぐために必要なことの三番目は、適切なウエアと装備を用意して山に出かけることである。
もし本当に雪に降られる可能性があるなら、防寒着だけでなくロングスパッツやオーバー手袋、アイゼン、ピッケルなどが必要だが、十分な雪山経験のない登山者は、そのようなときはむろん登らない方がよいだろう。
仮に天気予報がよくても、9月以降に高い山に登るならば、防寒のためのウエアはしっかりと準備して行くべきである。
具体的には、軽量ダウンジャケットのような防寒着だけでなく、ぜひ防寒用のアンダーウエアを積極的に活用してほしい。
肌に直接触れるものが乾いて温かいものだと、暖かさが断然違うのだ。
私は9月と言わず、8月のお盆を過ぎて3,000m級の山に行く場合は、防寒用アンダーウエアかそれに類する衣類を必ず持参している。
防寒用のアンダーウエアも厚手のものから薄手軽量タイプまでさまざまな種類があるので、夏〜秋の山用には薄手軽量なものを持っておくと重宝する。
もしダウンジャケットとアンダーウエア両方持参するのが重量的に気になるという方は、ダウンジャケットをより軽いものにしても、アンダーウエアを持参するメリットはあると思う。
防寒用のウエアとして、手袋や靴下の予備は当然重要だが、その他に頭や顔の防寒具も大切である。
私は雪山では目出帽やニット帽を使用するが、無雪期の山では筒状で伸縮性のあるマルチユースのネックウォーマーをもっぱら愛用している。
さまざまな使い方ができ、かつ軽量だからだ。
軽量ダウンジャケットなどの防寒着に加え、防寒用(雪山用)の長袖アンダーウエアとタイツ、顔や頭用の防寒具、少し暖か目の手袋と防水性のある手袋、そしてフードのしっかりした雨具またはオーバージャケット……。
こうしたウエアさえしっかり準備していけば、秋の山でたとえ吹雪に見舞われたとしても、おいそれと遭難することはないはずだ。
これからの季節、高い山に向かう登山者は、気圧配置をよくよく確かめ、そしてウエアと装備を万全にして入山しなければならない。
どんなに下界が暖かくとも、山には冬がまちがいなく近づいている。
著者:松原尚之