10月も下旬となり、折にふれ日の短さを実感するようになった。
今月は三ツ峠からの下山時に、すでに2度、ライトをつけて下っている。
ヘッドランプは登山において常にマスト(必携)な装備のひとつだが、これからの季節、その重要性はいっそう高くなる。
ところで、およそ3年も山をやっていれば、ヘッドランプをつけて夜道を歩いた経験は誰しも持っているだろうが、それではヘッドランプなしで暗くなった登山道を歩いたことはあるだろうか?
私は今から25年以上前、それに近い経験を一度だけしたことがある。
当時サラリーマンをしていた私は、会社の同僚6〜7人を連れて、丹沢の塔ノ岳を登りに行った。
私以外は登山経験のほとんどない者ばかりだったが、計画が甘く、大倉尾根を下る途中で暗くなってしまった。
そして私以外のメンバーは誰一人ヘッドランプを持ってきていなかった。
むろん私が指示、用意してこなかったのがいけないのである。
月明かりもなく、登山道は真っ暗だった。
私のヘッドランプ一つだけでは、とてもそれだけの人数の足元を照らしきれなかった。
このとき私は登山をするようになって初めて、「夜の登山道でヘッドランプがないと、こんなにも見えないんだ!」ということを知った。
幸いにもその後、上から別の登山者たちが下りてきて一緒に下ってくれたため、なんとか無事に下山することができた。
これは印象に残る私の失敗談なのだが、「暗くなった登山道でヘッドランプがないとどうなるか?」ということを知ることができた、とても貴重な体験になった。
登山者の多くは、登山におけるヘッドランプの重要性をよく認識していることだろう。
けれども、ヘッドランプがあればそれで安心というものでもない。
ヒマラヤ登山出発前の最後のトレーニングに、一人で富士山を登りに行ったときのことだ。季節は確か10月初旬で、コースは富士宮口だった。
夜間に登って山頂でビバーグし、翌朝下りてくるつもりだった。
ヘッドランプをつけて登りはじめたのだが、その日はガスが濃く、暗い中だとヘッドランプで照らしても道がよく識別できなかった。
いくら目を凝らしてもどこが道だがわからず、六合目を過ぎたくらいで結局あきらめて駐車場に戻り、車で寝て、明るくなってから山頂を往復した。
ヘッドランプさえつけていれば暗くても問題なく登れるだろうと思って出かけたのだが、そうでないときもあるのであった。
2013年7月、剱岳北方稜線をヘッドランプをつけて行動していた登山者が、巨大な落石に当たって亡くなるという痛ましい事故が起きた。
3人パーティーのうちの1名だった。
チンネを登攀して剱沢のベースに戻る途中で暗くなり、ヘッドランプで長次郎の頭付近を行動中に起きた悲劇だった。
事故から1年以上がたち、そのときのメンバーの一人が、事故の顛末を『山と渓谷』誌に寄稿した(2014年10月号「夜間行動の危険性 山岳カメラマン新井和也氏の事故から」)。
一緒に登山をしているときに親しい友人を失うという体験が、どれだけつらく、ショックの大きいものかは想像できるものではない。
山岳雑誌とも関わりの深いライター&編集者である筆者は、そのとてつもなく重い体験を振り返り、さまざまな事故要因があった中から特に一つ、夜間行動の危険性について指摘している。
ヘッドランプの照らす視界は狭く、目に入ってくる情報量は明るい時に比べて10分の1くらいになること……。
事故が起きた場所は複数の岩が不安定に引っかかり、明るいときに見ればまず通過は避けるようなルートであったこと……。
剱岳北方稜線はバリエーションルートだが、三ノ窓から剱岳山頂までの間は三ノ窓以北のそれに比べれば困難ではないし、明るければルートファインディングも比較的容易である。
もし私がここを仲間と歩いていて日没を迎えたら、おそらくは彼らと同じように、ヘッドランプをつけての行動を選んだにちがいない。
私を含め多くの登山者は、ヘッドランプを過信し、夜間行動のリスクというものを低く見積もりすぎているのだと思う。
そのことをこの記事によって改めて教えられた。
最後にヘッドランプそのものの話。
私はふだん荷物を極力軽量化する必要がある山行でないかぎり、ヘッドランプは2個携行している。
予備のヘッドランプとして持っているのは単4電池2本の軽量なタイプだ。(もっと軽くてよいものが見つかれば、それに替えたいと思う)。
さすがにヘッドランプを忘れてくるお客さんはめったにいないのだが、一度4月に甲斐駒・黒戸尾根を登っていて、休憩中にザックの雨ブタからヘッドランプが転げ落ちたのにお客さんが気づかず、使おうと思ったときにはなくなっていた、ということがあった。
ガイドでもないかぎり予備のヘッドランプを持って荷物を増やす必要はないと思うが、今は軽量なヘッドランプもいろいろあるから、パーティーのリーダー的立場のものは、予備を1つ持っていても悪くないだろう。
ヘッドランプの電池は、数年前から充電式の電池を使って重宝している。
充電式の電池を使うようになってから、電池を本当に買わなくなった。
ただいずれにせよ、出発前には電池の残量チェックや、予備電池の有無をしっかりと確認しておくこと。
電池の残量チェッカーは登山者ならぜひ持っておきたい便利グッズである。
先日三ツ峠からの下山時、暗くなったのでヘッドランプをつけようとしたら電池が完全に切れていた。
今のヘッドランプにはスイッチの誤作動防止機能がついているものが多く、私も必ず勝手にスイッチが入らないようにしているはずなのだが、このときはなぜか切れていた。
こんなこともあるから気をつけなくてはならない。
予備のヘッドランプもあるし、予備電池も2セットは持っているから問題ないのだが、そうだと思いつき、スマートフォンに入れてあるLEDライトのアプリを試してみることにした。
いや本当はものぐさをしただけだ。
ライトをつけてみると歩けなくはないけれど、ヘッドランプに比べるとやはり暗い。
それから20〜30分の道のりを登山口まで下ったが、光量が小さいし、手でずっと持っていなければならないし、山小屋のジープも登れるような三ツ峠の裏登山道だからよいけれど、もっと本格的な登山道だったらこれで歩くのは危ないだろうなと思った。
というわけで、スマホのLEDアプリは、予備の、そのまた予備くらいの位置付けがよいと思います。
著者:松原尚之